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12、 有关阴阳道的杂物.... ...

  •   ■阴阳道
      简単に说明すると「古代中国の阴阳五行说の思想に基づいて天文・暦法・占术などの学问的なものから天人相関思想による祥瑞灾异などの思想、あるいは呪术・祭祀に至るまでを包括したもので、日本において体系化されたもの。」と定义することができます。

      阴阳五行说については别に项目を作って详しく说明いたしますが、阴阳说と五行说という二つの哲学的な思想が合体したものです。それぞれについて简単に说明すると次のようになります。

      ●阴阳说とは...
      阴(日阴を意味する)と阳(日向を意味する)に大别される相対する2つの気(潜在的活力)が和合・循环することで万物の生成・消灭などの変化をもたらすとして说明する原理を指します。

      ●五行说とは...
      ものの多様性とその変化の顺序を统一あるものとして说明する原理を指します。木(もく)・火(か)・土(ど)・金(ごん)・水(すい)の五つの気によって森罗万象の生成・変化を说明します。
      (阴阳)五行说に関する书物は多く作られました。それらを整理分类したものが「五行大义」であり、阴阳道のテキストとして使われました。内容が多岐に渡り难解ではありますが、兴味のある方は読んでいただければと思います。

      さて、先の定义において「日本において体系化されたもの」と述べましたが、これは阴阳道という言叶は日本固有のものであることを意味しています。本によっては「阴阳道は大陆から伝来した」という记述がありますが、これは阴阳道をどのように定义するかに因ると思います。古代中国と古代日本で阴阳五行说を中心に発展した方向性は异なるように个人的には感じています。そういったものを同じ言叶で括っていいのかという问题意识はあります。阴阳道という言叶が古代中国に存在したかどうかも気になるところです。この辺については调査してみたいと思っています。

      ■阴阳五行说
      阴阳五行说とは阴阳说と五行说という二つの哲学的な思想が合体したものです。そこでそれぞれについてまず说明いたします。

      ■阴阳说とは
      「易」に由来する阴阳说は宇宙生成论の一种と言えます。万物を能动的・昂进的状态である「阳」と受动的・沈静的状态である「阴」の二つに大别し、それらが和合・循环することで万物の生成・消灭といった変化が発生すると考えます。 また、先に阴阳に大别すると述べましたがこの分类は绝対的なものではなく、万物の置かれている状况に応じて(つまり相対的に)変化します。

      古代中国では宇宙の最初は天地・阴阳が分かれていない混沌とした状态(太极)だと考えられていました。「易経」の言叶に「易に太极あり、これ両仪を生ず。両仪四象を生じ、四象八卦を生ず」とあるようにこの状态から相反する阴阳二つの状态(両仪)に别れ、その二気の消长と循环によって万物の事象を理解、しいては未来の予想を行うことに発展しました。

      太极図
      勾玉型の白い部分が「阳」を、黒い部分が「阴」を表します。上升する「地(阴)」の気と下降する「天(阳)」の気が象徴されており、この流动が万物を生じます。

      また、阴阳二気が森罗万象の変化を司るのならば当然人间の行动や社会の动向にも影响を及ぼすはずと考えるのは自然なことで、さまざまな考えを理论に组み入れることで自然・人间・社会といった诸现象を幅広く说明するように発展して行きました。

      ■五行说とは
      自然界や人间社会の诸现象など森罗万象の生成・変化を说明する原理で、木・火・土・金・水という五つの要素を考えます。要素ということからわかるように「木」とはいわゆる木そのものを指すのではなく、草木の生长・発育を行う不思议な力を指しています。そういった力を「気」と呼んでいます。他の要素も同様に考えます。これらの気が循环することで森罗万象の生成・変化が行われるという考えです(五行の「行」という字には「巡る・运行」という意味あります)。

      次に五行(五気)についてまとめると次のようになります。

      ●木(木気)
      木が持つ形态や性质を観念化したものです。一例として曲がったり真っ直ぐになったりすることがあげられます(树木が生长する様子)。春を象徴します。

      ●火(火気)
      火が持つ形态や性质を観念化したものです。一例として明るく热く燃え上がることがあげられます。夏を象徴します。

      ●土(土気)
      土が持つ形态や性质を観念化したものです。一例として実のあるものを持つことや作物を植えたり取り入れたりすることがあげられます。季节间の推移を象徴します。

      ●金(金気)
      金属が持つ形态や性质を観念化したものです。一例として冷たく硬いことがあげられます。秋を象徴します。

      ●水(水気)
      水が持つ形态や性质を観念化したものです。一例として冷たく润いがあり流れ下ることがあげられます。冬を象徴します。
      さて、先に五行(五気)は循环すると言いましたが、この循环の仕方に三种类あります。相生と相克と比和です。相生と相克については别に详しく说明いたしますがそれぞれについて简単に说明すると次のようになります。

      ●相生
      相顺応する関系です。今流の言叶で言えば「相性がよい」関系です。

      ●相克
      相手を克する関系です。今流の言叶で言えば「相性が悪い」関系です。

      ●比和
      同気が重なる関系です。そのためにその気がますます盛んになります。それが良い方になる场合にはますます良くなり、悪い方になる场合にはますます悪くなります。
      五行とはこの世の森罗万象を五つの観念化したグループに分类したものと言えます。阴阳五行说とは古代中国で别々に成立した阴阳说と五行说は结びつき、宇宙生成原理はもちろん人间の生き方(道徳)をも含むものに発展しました。

      阴阳五行は初めは四季の変化を说明するのに使われたようです。それによると、 この世の初めは何も区别できない混沌とした状态(太极)だったが、その中から軽く澄んで暖かい気((阳気)が上升して「天」に、重く浊って寒い気(阴気)が下降して「地」になり、この阴阳二気は一年という周期をもって消长し、その间に木・火・土・金・水という五つの気が生じ、これらも消长することで四季の别ができる、と考えたようです。宇宙に存在する森罗万象を阴阳二気の働きによって说明し、次に五行による运行により判断を下すという思考スタイルと言うことができます。

      ■五行相生と五行相克
      五行それぞれの意味については先に述べましたがそれだけでは各々の関系が明らではありません。そこで五行同士の関系を说明するための理论が作られてきました。

      ■五行相生とは
      五行相生とは五行间の循环を「相生の相」として捉える理论です。木・火・土・金・水の五気の间に次のような循环を见いだします。つまり、木気は火気を生じ、火気は土気を生じ、土気は金気を生じ、金気は水気を生じ、水気は木気を生じる、という循环です。顺に「木生火」、「火生土」、「土生金」、「金生水」、「水生木」と呼ばれています。

      この说は素朴な自然の理によっていると言えます。以下にまとめてみます。

      ●木生火(もくしょうか)
      木は火を生む。木をこすり合わせることが火が生じるので火を生む。

      ●火生土(かしょうど)
      火は土を生む。火は燃えることで灰(すなわち土)を生じるので土を生む。

      ●土生金(どしょうごん)
      土は金を生む。土は集まると山となり山は石を生じる。金は石の中に含まれるので土は金を生む。土の中に光り辉くものが金(属)でありしたがって土は金(属)を生む。

      ●金生水(ごんしょうすい)
      金は水を生む。山に云があると雨となる。山は石を生じ石の中に金が含まれるので金は水を生む。湿度が高い时には金(属)の表面に水滴が生じる。したがって金(属)は水を生む。

      ●水生木(すいしょうもく)
      水は木を生む。水の润いによって木は生长するので木を生じる。
      このような関系から木→火→土→金→水の顺に巡って行けば何事もうまく事が运ぶと人々は考えたようです。

      五行相生図
      五行同士の関系を「相生の相」として捉えます。「相生」とは1つのものから顺に発生して行く様子を意味します。五行相克とは

      ●木克土(もっこくど)
      木は土に克つ。木は土に根を张り土から栄养分を吸い取って生长する。これは木が土の気を损なうことであるので、木は土に克つ。

      ●土克水(どこくすい)
      土は水に克つ。土は水を吸い取り、また、常に流れようとする水をせき止める。これは土が水の気を损なうことであるので、土は水に克つ。

      ●水克火(すいこくか)
      水は火に克つ。水は火を消してしまう。これは水が火の気を损なうことであるので、水は火に克つ。

      ●火克金(かこくごん)
      は金に克つ。金属は强く固いが、火はその金属を溶かしてしまう。これは火が金の気を损なうことであるので、火は金に克つ。

      ●金克木(ごんこくもく)
      金は木に克つ。大木であっても斧や锯(これらは金属である)にかかると切り倒されてしまう。これは金が木の気を损なうことであるので、金は木に克つ。
      ■相生と相克との関系
      个人的には五行相生や五行相克はもっと奥が深いものになるのではないかと思っています。というのも、例えば五行相生に水生木があります。确かにその通りなのですが、水もその量を过ぎれば逆に木は枯れてしまいます。相生の中に相克的(こういう表现が适切かどうか别にして)な要素も含まれているような気がしてなりません。逆に相克の中には相生的な要素が含まれていると思います。この辺に関してはまだ十分考察できていないのですが、今後考えてみようとは思っています。

      五行相克図
      五行同士の関系を「闘争の相」として捉えます。「相克」とは対立するものが互いに相手に胜とうとすることを意味します。■十干
      十干とは甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)・戊(ぼ)・己(き)・庚(こう)・辛(しん)・壬(じん)・癸(き)の総称です。

      十干は元は日の顺序を示すための数词であったと考えられています。どういうことかと言いますと、一ヶ月を上旬・中旬・下旬というように三つの旬に分けた场合、一旬に含まれる十日间の一日一日を示す数词でした。つまり、第一日目を甲、第二日目を乙、...という具合に数えていったということです。この数え方だと一ヶ月の间に十干は约三回巡ってくることになります。

      十干の起源を调べてみると中国の殷の时代まで遡ることができるようです。この时期には卜旬(十日を一旬としてする占い)が広く行われていたようで、この十日ごとに循环する日を表す数词として十干が用いられたようです。

      十干の语源ですが、草木の生长过程を十段阶に分けて名付けられたものです。以下にそれを示します。

      名読み说明
      甲 こう语源は「铠・兜」で种子が発芽するにあたってまだ厚皮を被っている状态を表す。
      乙 おつ语源は「轧(きし)る」で芽がまだ伸长していないで屈曲している状态を表す。
      丙 へい语源は「炳(あき)らか」で草木が伸长してその姿形が明かになった状态を表す。
      丁 てい语源は「丁壮」で草木の姿形が充実した状态を表す。
      戊 ぼ 语源は「茂る」で草木が繁茂して盛大となった状态を表す。
      己 き语源は「纪(筋道)」で草木が十分に繁茂して盛大となり、その筋道が整然となった状态を表す。
      庚 こう语源は「更(あらた)まる」で草木が成熟して固结した结果、自ら新しいものに改まって行こうとする状态を表す。
      辛 しん语源は「新」で草木が枯死して新しくなろうとする状态を表す。
      壬 じん语源は「はらむ」で草木の种子の内部に新しいものがはらまれる状态を表す。
      癸 き语源は「はかる」で草木の种子の内部にはらまれたものが次第に形作られてその长さを测ることができるほどになった状态を表す。

      ■十干の五行への配当
      十干が阴阳五行说と结びつくと、それぞれが阴阳と五行に配当されました。具体的には下表のようになります。五行配当木火土金水
      兄(え)甲丙 戊 庚壬
      弟(と)乙 丁 己辛癸

      阴阳说と五行说との组み合わせによって十干に新たな意味づけがなされたことがわかると思います。 ■十二支
      十二支とは、子(し)・丑(ちゅう)・寅(いん)・卯(ぼう)・辰(しん)・巳(し)・午(ご)・未(び)・申(しん)・酉(ゆう)・戌(じゅつ)・亥(がい)の総称です。时代的には十干よりも古く、殷の时代には使われていたともされています。

      十二支は元は十二ヶ月の顺序を示すための数词であったと考えられています。元々は子を一月に、丑を二月に、以下同様に顺に当てていったと考えられていますが、现在では寅が正月に当てられています。これは立春正月が使われるようになったためです。

      中国では时代によって正月が异なっていました。周の时代には冬至を含む月(子)を正月に、殷の时代にはそれより一ヶ月遅れた月(丑)を正月に、夏の时代にはさらに一ヶ月遅れた月(寅)を正月にしていました。

      十二支の语源ですが、十干の场合と同様に草木の生长过程を十二段阶に分けて名付けられたものです。以下にそれを示します。

      名読み说明
      寅 いん寅は移(い/うつす)、また引(いん/ひく)であり、ものの芽がようやく地面から出るとこれを引っぱり出して伸ばし、地から移し出すこと。种の中の生命力が壳を破って草木として芽を出した状态。旧暦一月。
      卯 ぼう卯は冒(ぼう/おおいかくす)であり、ものが生じて大きく成长し地を覆い隠すこと。草木が地面を覆うようになった状态。旧暦二月。
      辰 しん辰は震(しん/ふるう)であり、すさまじくふるいたってもとの体から抜け出ること。草木が整い活力が旺盛な状态。旧暦三月。
      巳 し巳は巳(い/やめる)であり、もとの体が洗い去られ终わってしまうこと。草木の繁茂が极限に达している状态。旧暦四月。
      午 ご 午は件(さからう)であり、万物が盛大になって枝が入り交じって盛んに伸びること。草木の繁茂の极限を过ぎてやや衰え始めた状态。旧暦五月。
      未 び未は昧(くらい)であり、阴気がすでに成长し万物がようやく衰え体がかくれ暗くなること。草木に実った果実が成熟して滋味を生じる状态。旧暦六月。
      申 しん申は伸であり、长ずること。草木に実った果実が成熟して固まって行く状态。旧暦七月。
      酉 ゆう酉は老であり、万物が老い极まって成熟すること。草木に実った果実の成熟が极限に达した状态。旧暦八月。
      戌 じゅつ戌は灭であり、物が灭びること。草木が枯れている状态。旧暦九月。
      亥 がい亥は核であり、万物を闭蔵して种の中に入れること。凋落した草木の种の中に新しい生命が表れた状态。旧暦十月。
      子 し子は(うむ、しげる)であり、阳気が动き出して万物が芽生えること。种の中の新しい生命が萌し始めた状态。旧暦十一月。
      丑 ちゅう丑は纽(ちゅう/ひもでしめる)、纽は繋(つなぐ)であり、芽生えてどんどん大きくなるのを纽で缚ってしまうこと。种の中の萌芽が未だ十分に伸び得ないで止まっている状态。旧暦十二月。

      もともと十二支は五惑星のうち最も尊贵とされていた木星の运行から来たものとされています。中国古代书「尔雅(じが)」によりますと木星の公転周期(およそ十二年)にちなんで天空にあり木星の位置を示すものとして十二支が生じたとあります。木星は太阳や月とは逆に西から东に向かって移动するので仮想的な木星を考え、これを东から西に移动するようにしました。この仮想的な木星は神格化されて太歳(たいさい)と呼ばれています。そして、この太歳のいる场所に付けられたのが十二支なのです。

      ■十二支の配当
      十干と同様に十二支も阴阳に二分されかつ五行に配当されました。具体的には下表のようになります。

      阳寅辰午申戌子
      五行配当木土火金土水
      阴卯巳未酉亥丑
      五行配当木火土金水土

      东西南北を四正(しせい)、その中间である东北・东南・西南・西北を四隅(しぐう)と言います。东北の隅には丑と寅が、东南の隅には辰と巳が、西南の隅には未と申が、西北の隅には戌と亥が配されています。

      余谈になりますが、时间を表すのに「正午」、「午前」「午後」といった言叶があります。これまでの说明でなぜこのように呼ばれるのか、わかったのではないかと思います

      十二支の各种配当
      方位への配当
      全方位を30度ずつに区切って配当します。
      时间への配当
      2时间(一时/いっとき)ずつ配当します。
      季节への配当
      寅・卯・辰を春、巳・午・未を夏、申・酉・戌を秋、亥・子・丑を冬に配当します。 ■干支

      干支は初めは别々に用いられていた十干と十二支を初めから顺に组み合わせたものです。十と十二の最小公倍数は六十なのでこの周期で日を数えるのに用いました。

      干支の作り方としては甲と子、乙と丑、丙と寅...という感じで组み合わせて行きます。十干も十二支も阳・阴の顺に并んでいるので阳干は阳支と、阴干は阴支とのみ结び付くことになります。

      このような考え方にしたがって作ったのが下表です。

      虚孤 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1
      辰
      巳戌
      亥癸
      酉壬
      申辛
      未庚
      午己
      巳戊
      辰丁
      卯丙
      寅乙
      丑甲
      子
        20 19 18 17 16 15 14 13 12 11
      寅
      卯申
      酉癸
      未壬
      午辛
      巳庚
      辰己
      卯戊
      寅丁
      丑丙
      子乙
      亥甲
      戌
        30 29 28 27 26 25 24 23 22 21
      子
      丑午
      未癸
      巳壬
      辰辛
      卯庚
      寅己
      丑戊
      子丁
      亥丙
      戌乙
      酉甲
      申
        40 39 38 37 36 35 34 33 32 31
      戌
      亥辰
      巳癸
      卯壬
      寅辛
      丑庚
      子己
      亥戊
      戌丁
      酉丙
      申乙
      未甲
      午
        50 49 48 47 46 45 44 43 42 41
      申
      酉寅
      卯癸
      丑壬
      子辛
      亥庚
      戌己
      酉戊
      申丁
      未丙
      午乙
      巳甲
      辰
        60 59 58 57 56 55 54 53 52 51
      午
      未子
      丑癸
      亥壬
      戌辛
      酉庚
      申己
      未戊
      午丁
      巳丙
      辰乙
      卯甲
      寅
      六十甲子
      十干と十二支を顺に组み合わせていくと甲子から始まり癸亥で终わり、日として考えると六十日となります。また、十日は一旬であるのでこれは六旬となります。

      一旬は十日なので干に配されない支が二つ発生することになります。この二支を「孤」と言い、これに対冲する二支を言います。これらは朴筮でいう「空亡」に相当します。

      次に読み方について说明します。

      まず十干の方ですが、すでに说明してありますように十干を五行に配当すると甲・乙は木、丙・丁は火、戊・己は土、庚・辛は金、壬・癸は水に配当されます。そして、この组み合わせの最初の方を兄(え)、後の方を弟(と)と呼びます(「干支」を「えと」と呼ぶ所以です。)。具体的には、甲は「きのえ」、乙は「きのと」、丙は「ひのえ」、丁は「ひのと」、戊は「つちのえ」、己は「つちのと」、庚「かのえ」、辛は「かのと」、壬は「みずのえ」、癸は「みずのと」と読みます。

      次に十二支の方ですが、こちらは以前お话しした読み方ではなく、子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・卯(う)・辰(たつ)・巳(み)・午(うま)・未(ひつじ)・申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)・亥(い)という読み方をします。

      最後に基本的にはこれらを组み合わせて読みます。したがって例えば「甲子」は「きのえね」、「乙丑」は「きのとのうし」といった感じになります。ここで弟の场合には十干と十二支の间に「の」を入れるのが惯习のようです(仆は初めて闻きましたがこの辺についてご存じの方はいらしゃいませんか)。 ■秘术

      ==========================

      ■セーマン・ドーマン
      阴阳道における代表的呪术図形で「セーマン」は安倍晴明から、「ドーマン」は芦屋道満からきているとされています。

      セーマンは正式名称を「晴明桔梗印」といい、阴阳道でいうところの相生や相克の理を表すもので図形による阴阳道の象徴ということができます。

      一方、ドーマンは「九字」と呼ばれることが一般的です。横5本、縦4本の线により构成されるのが一般的ですが他の形もあります。切り方もいろいろなバリエーションがあります。もとは中国の仙道书にあり、「临・兵・闘・者・皆・阵・列・前・行」の九文字を唱えて魔を避けることに由来していますが日本では「临・兵・闘・者・皆・阵・列・在・前」と唱え、修験道や密教の呪法としても有名です。

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      ■反閇
      道教の歩行呪术に端を発しています。「禹歩(うほ)」が有名でこれによって道中の安全や悪鬼・猛獣などを避けることができるとされています。

      こういったものを日本では反閇(へんばい)と呼びます。ただし、歩行法は若干异なります。先に出た足にあとの足を引き寄せて左右に歩みを运びます。非常に単纯ではありますが、これによって悪星を踏み破って吉意を呼び込もうとします。阴阳道独自の星辰信仰の上に立脚した呪法と言えます。

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      ■方忌み・方违え
      「方忌み」とは阴阳道でいうところの凶方を避けることであり、「方违え」とはその凶方を克服するための方法论を意味します。すでに死语になっていますが九星気学や奇门遁甲などでは行われています。ただし、ここで用いられる方位は大将军、太白神、天一神、金神といった星神によるものとなっています。星神によっては方位を犯せば七人まで死者が出ると言われる忌むべき神もいます。こうした凶方でやってはいけないことに移転、家屋の修筑、嫁取り、井戸掘りなどがあります。

      「方违え」は方忌みの方角へ行かなければならない时に直接そこへ向かうのではなく、いったんよそへ移动・滞在して目的地が凶方へならないようにしたのちに向かうことをいいます。方违えは短い时间を塞ぐ凶方の场合なら长くて数日程度、数年を塞ぐ凶方には45日间があてられました。

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      ■鬼门封じ
      「鬼门」とは东北の方角(艮)のことで、阴阳道では鬼が出入りする不吉な方角として万事に忌み嫌われていました。

      昔の人はこの方角に鬼门除けといわれる神仏を祀ったり桃の木を植えたりして鬼が家の中へ出入りしないように心がけていました。京都御所も鬼门にあたる角の部分は凹んでおり鬼门封じと言われています。

      今日でも家の鬼门にあたる方角に対してはトイレや风吕、玄関といったものを作ることを忌み嫌う风习が残っています。

      鬼门の反対である南西(坤)の方角を「裏鬼门」と呼びます。この方角も忌み嫌われていますが鬼门ほどではありません。

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      ■物忌み・祓い
      悪梦を见たり、凶兆とされるできごとが起きた场合、あるいは阴阳师の占いによって凶事が予知された场合に行われるのが「物忌み」です。もともとは神官が神々の祭祀にあたって心身の清浄を保つために饮食や行动の规制(斎戒)の意味でした。

      具体的には一定の期间外出を控え、同时に「物忌み」と书きつけた柳の枝の小片や纸片をしのぶ草という植物の茎に结いつけて冠や髪、御帘などに差して凶兆を避ける呪法を意味します。

      物忌みの最中はどんなことが起こっても大声で话をしない、绝対よその人に会わないといったことが行われていました。

      物忌みの日数は暦や式占によって决められることが多かったようです。物忌みに使われる柳や鬼门の方に植えたとされる桃は阴阳道では魔除けの木として珍重されたようです。

      物忌みより、さらに积极的に凶兆や魔を退けるために行われたのが「祓い」です。阴阳道が盛んな顷には月のうち日を定めて「一ノ祓」、「八ノ祓」、「望月ノ祓」、「晦(みそか)ノ祓」などが行われ、常にまがまがしいしいものを寄せつけないようにしていました。他には「鸣弦(めいげん)」や豆撒きのルーツである「追傩(ついな)え」といったものがありました。今日でも行われている「名越[夏越](なごし)の祓え」も阴阳道の代表的な祓いです。

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      ■抚物・人形
      「抚物」はその名の通り、抚でることによってその人の秽れをすっかり移し、それを川へ流す、もしくは焼くなどの処分をして秽れを他世界へ送り出す呪物のことを意味します。今日でも「大祓の神事」などで见受けられる纸の人形が抚物に相当します。

      人形は人形呪术という视点から见ると本来の抚物の域を越えて呪杀で使用されるようになりました。呪术的方法で怨敌の魂を人形に入れ込み、これを焼いたり切ったり钉を打ったり辻に埋めたりしたようです。また、人形も単に人の形をしたものばかりではなく、いっそう効果を高めるために呪文や九字を书いたりして工夫されたようです。

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      ■式神
      「式神」とは阴阳师が使役する鬼神を意味します。「识神」と书く场合もあります。「式」という字には「用いる」という意味があり、「式神」という神がいるわけではありません。有名な式神としては安倍晴明が使役したとされる十二神将(青龙、勾陈、六合、朱雀、腾蛇、贵人、天后、大阴、玄武、大裳、白虎、天空)があげられます。仏教にも十二神将の名が见られますが、まったく别のものです。

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      ■符呪
      「符呪」とは阴阳道の呪文を书きつけた霊符呪术のことを意味します。お札やお守りの原形と考えることができます。阴阳道で常用する呪文に「急急如律令」があります。これは物事の成就を早める符呪です。

      符呪は初期には感じと组み合わせて用いることが多かったようですが、密教や修験道と融合すると梵字を加えたものや神仏の名を记したもの、絵を加えたもの、九字や五芒星を加えたものなどたくさんの符呪が编み出されました。
note 作者有话说
第12章 有关阴阳道的杂物....

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