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2、二 她从来没有 ...

  •   “娜奥米酱,你的脸很像玛丽·璧克馥。”

      不知道是什么时候的事了。有天晚上我正好看完那位女.优的电影,回去的路上顺便去了家洋食店,开启了这个话题。

      “嗯?”她哼道。
      她并没有露出高兴的表情,只是奇怪地看着突然说出这种话的我。

      “你不这么认为吗?”我又问了一遍。

      “不知道长得像不像,不过大家都说我像混血儿。”她敷衍地回答。

      “那倒也是,首先你的名字就很奇怪,是谁给你取了‘娜奥米’这么时髦的名字?”

      “我不知道是谁取的。”

      “不是令尊或者令堂吗——”

      “不知道……”

      “那么,娜奥米酱的父亲是做什么生意的?”

      “父亲已经不在了。”

      “令堂呢?”

      “母亲还在,可是……”

      “那同胞呢?”

      “同胞有很多,哥哥、姐姐、妹妹……”

      从那以后,这样的话题也多次出现过,但每次被问及自己的家庭情况,她总是露出不愉快的表情,含糊其辞。

      我们一起去玩的时候,一般都是提前一天约好,在约定的时间去公园的长椅上、或是观音菩萨堂前碰头。
      她从来没有误过时间,更不会爽约。我有时因为什么原因迟到了,就会担心起来:“会不会等得太久,她已经回去了?”然后我过去一看,她依然在那里等着我。
      她一注意到我,就立刻站起身来,径直朝这边走来。

      “不好意思,娜奥米,你等了很久了吧?”我说道。

      “嗯,等了很久。”
      她只是这么说,却没有什么不满的样子,更没有生气。

      有一次,我约好在长椅上等她,突然下起雨来。
      我一边想着她在干什么,一边走了出去,只见她蹲在池塘边的小祠堂的屋檐下。尽管如此,她还是认真地等待着我,十分可爱。

      那时的她,穿的大概是姐姐送给她的旧铭仙衣服,系着友禅腰带,头发梳成日式的桃割,略施粉黛。她的脚上踩着一双白足袋,虽然有补丁,但胜在舒适。
      我问她为什么休息日还梳日式发,她依然没有详细说明,只是说:“因为是家里让我这么做的。”

      “今夜太晚了,我送你到家门口吧。”我又一次这么说。

      “不用了,就在附近,我一个人能回去。”
      话刚落下,已经走到花店的拐角处了。这时娜奥米一定会扔下一句“再见”,然后就朝着千束町的小巷嗒吧嗒地跑去。

      是的——那时的事没必要写得太过冗杂。
      不过有一次,我和她开诚布公地谈了一次。

      那是一个春雨绵绵、熹光微暖的四月末的傍晚吧。
      那晚我正好在咖啡店里休息,非常安静,我在桌旁坐了很久,小口小口地喝着酒——这么说来,我好像是个酒鬼,但实际上我是个酒量很小的人。所以为了消磨时间,我不过是点了一杯女人喝的甜鸡尾酒,一口接着一口,舔舐似的啜饮而已。
      这时,她把料理端了过来。

      “娜奥米酱,到这边坐一会儿吧。”我带着几分醉意说道。

      “什么?”娜奥米疑惑。
      不过她还是顺从地坐在我身边。我从口袋里掏出敷岛,她就立马帮我擦燃火柴。

      “嘛,可以吧,在这里稍微聊几句——今晚好像不太忙。”

      “嗯,这种情况很少发生。”

      “总是那么忙吗?”

      “好忙啊!一天到晚——连看书的时间都没有!”

      “那么娜奥米酱你喜欢读书吗?”

      “嗯,喜欢的。”

      “都看些什么东西呢?”

      “看各种各样的杂志,只要是能读的,什么都可以。”

      “真是佩服。你那么想读书,去女校不就行了吗?”

      我故意这么说着,偷偷观察起了娜奥米的神情。
      她可能是生气了,表情一下子消失,眼神涣散盯着一个方向看。她的眼睛里分明浮现出一种悲伤的、无可奈何的神色。

      “怎么样,娜奥米酱,你真的想学习吗?如果想的话,我可以让你学。”

      话到此处,她还是沉默不语,我这次用安慰人的语气说道:“啊?娜奥米酱,不要沉默,说些什么吧。你想做什么?学什么?”

      “我……想学英语。”

      “嗯,英语——只有这个?”

      “然后我还想试试音乐。”

      “那我给你交学费,你去学习,这不是挺好的吗?”

      “可是上女校也太迟了,我已经十五岁了。”

      “什么嘛,和男人不一样,女人十五岁也不晚。要是只学英语和音乐的话,就不去女校了,另外找个老师吧。怎么样,有干劲吗?”

      “有是有,但是……那你真会帮我?”说着,娜奥米突然直直地盯着我的眼睛。

      “是的,是真的。可是娜奥米酱,如果那样的话你就不能在这里工作了,对你来说没关系吗?如果你停止打工的话,我可以收养你、照顾你……一直对你负责,把你培养成一个优秀的女人。”

      “嗯,好啊,如果是这样的话。”

      她的回答毫不犹豫、干脆利落,让我多少有些吃惊。

      “那么,你的意思是不再打工了?”

      “嗯,不了。”

      “可是娜奥米酱,就算你这样决定了,也得听听母亲和哥哥怎么说,至少不能不配合家里的安排吧。”

      “家里的安排,不用问也没关系,没有人会说什么的。”

      娜奥米虽然嘴上这么说,但实际上,她意外地很在意这件事。也就是说,这是她一贯的做法,她不愿意让我知道自己家庭的内幕,所以故意装作若无其事的样子。
      虽然我也不想勉强她说出那么讨厌的事情,但为了实现她的愿望,无论如何都得去她家里拜访,找她的母亲和哥哥恳谈一二。

      之后随着谈话的深入,我多次对她提出:“让我去见一次你的家人吧。”

      她却表现出不可思议的不喜:“不用了,你们不用见面,我自己说。”这是她的固定说辞。

      现在她已经成为了我的妻子,为了“河合夫人”的声誉,我没有必要公开娜奥米当时的出身和家庭,强硬些还会引起她的不悦,所以我尽量不去触及。这些看到后面自然会明白。
      即使不考虑这些,单就是她家住千束町、十五岁就在咖啡厅做女招待、还从来不把自己的住处告诉别人——无论是谁都能猜到那是一个怎样的家庭。

      不,不仅如此,我最终还是说服了她,见到了她的母亲和哥哥,但她们几乎都不把自己女儿或妹妹的贞操当一回事。
      我找她们商量,说,好不容易娜奥米本人也很喜欢学习,想想在那种地方长时间打工也太可惜了,所以,如果没有什么问题话,那就把她托付给我吧。反正我也没有很多杂活,但正好想雇一个女佣,总之,她需要做一些厨房或打扫之类的工作,在此期间,我也会让她接受教育。
      当然,我把我的境遇,还有我是单身的事,全都明明白白地说清楚。
      “如果是这样的话,那是她本人的幸福……”她们这样寒暄,总觉得太没劲了。
      确实,如娜奥米所说,根本没必要见面。

      当时我深切地体会到,这个世界上还有这种不负责任的母亲与同胞,也因此更加觉得娜奥米可爱又可怜。
      根据她母亲的说法,她们似乎一直苦于处置娜奥米。“其实,这个孩子本应该成为艺伎的,但她本人却不愿意,但也不能让她一直玩,没地方去就丢到咖啡店了。”只要有人收养她,让她长大成人,不拘怎样她们就能安心了。总之就是这样的口吻。
      唉,原来如此,怪不得她不喜欢待在家里,一到公休日就跑到户外去玩,看活动写真什么的。听了事情的经过,我终于解开了这个谜团。

      不过,娜奥米有这样的家庭,对她与我来说都是非常幸运的事。

      话谈完,她立刻从咖啡厅那里请了假,每天都和我一起去找合适的出租房。因为我的工作单位在大井町,所以要尽可能选一个方便的地方。
      星期天的一大早我们就在新桥车站碰头,其他日子正好在公司下班后的时间在大井町会合。从蒲田、大森、品川、目黑这一带的郊外,转了一圈到市区的高轮、田町、三田周边。回来的时候,找个地方一起吃晚饭,有时间的话,就像往常一样去看活动写真,或者在银座的大街上闲逛。然后她回她千束町的家,我回我芝口的住处。
      记得那时候租房子的人很少,怎么也找不到合适的房子,我们就这样找了半个多月。

      如果那时,在五月一个晴丽的星期天早晨,如果有谁注意到大森郊外的青叶林小路上,一个像是公司职员的男人和一个梳着桃割的朴质小姑娘并肩行走,会是怎样的感觉呢?
      男人称呼小姑娘为“娜奥米酱”,小姑娘则称呼男人为“河合先生”,既不像主从,也不像兄妹,这么说起来更不像夫妻或是朋友。
      她们互相有些客气地交谈着,一边询问门牌号,一边眺望附近的景色、四处的树篱、邸馆的庭院,路边盛开的花香缤纷。这对在晚春漫长一天里幸福地走着的两人,一定是不可思议的组合。

      说到花,让我想到的是,她非常喜欢西洋花,知道很多我不太懂的花的名字——而且是很麻烦的英语名字。据说是她在咖啡厅里做学徒的时候,经常照看花瓶里的花,所以自然而然地就学会了。
      每当路过的庭院里有温室时,她就会立刻眼神敏锐地停下脚步。
      “啊!好漂亮的花!”她高兴地叫出声来。

      “那么,娜奥米你最喜欢什么花呢?”我问她。

      “我最喜欢郁金香了!”她曾经这样说过。

      因为在浅草的千束町那样脏兮兮的街道中长大,所以反而憧憬着广阔的田园生活,进而养成了爱花的习惯。
      三色堇,蒲公英,紫云英,樱草——即使是那样的花花草草,如果长在田埂或乡路上,她也会小步小步地跑去摘。
      走了一整天,她的手上已经摘满了鲜花,最后扎成了不知道有多少枝花的花束,小心翼翼地带回家。

      “那些花不都蔫了吗,随便扔掉吧。”

      我这么说了,她还是不肯答应:“没关系的,浇了水马上就能活过来,放在河合先生的桌子上就好了。”
      每次临别时,她都会把那束花送给我。

      到处搜寻也找不到好房子,经过再三犹豫,最后我们租的房子,是距离大森车站十二三町①,靠近省线电车轨道的一幢非常简陋的洋房。
      所谓“文化住宅”——那时候还没那么流行,用最近的话说就是这样的吧。屋顶用红色石棉瓦铺成,坡度很陡,高出整体高度的一半以上。外侧是像火柴盒一样包裹的白色墙壁。到处都是切成长方形玻璃窗。然后是正面门廊的前面,与其说是庭院,倒不如说是一小块空地。
      首先是这样的风格,称不上是住在里面,只能说是画在画上更有趣。这也是理所当然的,据说这所房子原来是某位画家盖的,他娶了一位女模特做细君②,两人住在一起。
      因此,房间的布置得相当不方便。过于宽敞的画室、狭窄的玄关、厨房,一楼只有这些;其余的是二楼的三叠房③和四叠半房;还有阁楼上的储物间,根本派不上用场。画室的室内有楼梯通往阁楼,上了楼梯有一条围绕着扶手的走廊,就像戏剧场的看台一样,从扶手可以俯瞰画室。

      娜奥米刚开始看到这个家的“风景”时就惊叹:“好时髦!这样的房子很好看呀!”看上去很喜欢的样子。
      我看她那么高兴,也赞成马上租下来。

      大概是只有娜奥米这种孩子气的想法,才会对这种别开生面的、童话般插画的样式产生了好奇心,尽管布局并不实用。
      的确,这是一个可以让悠闲的青年和少女,尽量不像普通家庭一样,抱着玩乐的心情住在一起的好房子。前面那位画家和那位女模特大概也是抱着这样的想法在这里生活的吧。
      实际上,如果只有两个人在,光是那间画室,就足够我睡觉、休息、吃饭了。

      ·

      注:
      ①町:1町≈109.09米。
      ②细君:妻子的代称。
      ③三叠房:“叠”指榻榻米,三叠房即三张榻榻米大小的房间。一畳:(关东)176cm^88cm=1.54m;(关西)180cm^90cm=1.62m 。

      ·

      「ナミちゃん、お前の顔はメリーピクフォードに似ているね」
      と、いつのことでしたか、ちょうどその女優の映画を見てから、帰りにとある洋食屋へ寄った晩に、それが話題に上ったことがありました。
      「そう」
      と云って、彼女は別にうれしそうな表情もしないで、突然そんなことを云い出した私の顔を不思議そうに見ただけでしたが、
      「お前はそうは思わないかね」
      と、重ねて聞くと、
      「似ているかどうか分らないけれど、でもみんなが私のことを混血児みたいだってそう云うわよ」
      と、彼女は済まして答えるのです。
      「そりゃそうだろう、第一お前の名前からして変っているもの、ナミなんてハイカラな名前を、誰がつけたんだね」
      「誰がつけたか知らないわ」
      「お父つぁんかねっ母さんかね、───」
      「誰だか、───」
      「じゃあ、ナミちゃんのお父つぁんは何の商売をしてるんだい」
      「お父つぁんはもう居ないの」
      「っ母さんは?」
      「っ母さんは居るけれど、───」
      「じゃ、兄弟は?」
      「兄弟は大勢あるわ、兄さんだの、姉さんだの、妹だの、───」
      それから後もこんな話はたびたび出たことがありますけれど、いつも彼女は、自分の家庭の事情を聞かれると、ちょっと不愉快な顔つきをして、言葉を濁してしまうのでした。で、一緒に遊びに行くときは大概前の日に約束をして、きめた時間に公園のベンチとか、観音様のお堂の前とかで待ち合わせることにしたものですが、彼女は決して時間を違えたり、約束をすっぽかしたりしたことはありませんでした。何かの都合で私の方が遅れたりして、「あんまり待たせ過ぎたから、もう帰ってしまったかな」と、案じながら行って見ると、矢張キチンと其処、に待っています。そして私の姿に気が付くと、ふいと立ち上ってつかつか此方、へ歩いて来るのです。
      「御免よ、ナミちゃん、大分長いこと待っただろう」
      私がそう云うと、
      「ええ、待ったわ」
      と云うだけで、別に不平そうな様子もなく、怒っているらしくもないのでした。或る時などはベンチに待っている約束だったのが、急に雨が降り出したので、どうしているかと思いながら出かけて行くと、あの、池の側にある何様だかの小さい祠の軒下にしゃがんで、それでもちゃんと待っていたのには、ひどくいじらしい気がしたことがありました。
      そう云う折の彼女の服装は、多分姉さんのお譲りらしい古ぼけた銘仙の衣類を着て、めりんす友禅の帯をしめて、髪も日本風の桃割れに結い、うすくお白粉を塗っていました。そしていつでも、継ぎはあたっていましたけれど、小さな足にピッチリと篏まった、恰好のいい白足袋を穿いていました。どういう訳で休みの日だけ日本髪にするのかと聞いて見ても「内でそうしろと云うもんだから」と、彼女は相変らず委しい説明はしませんでした。
      「今夜はおそくなったから、家の前まで送って上げよう」
      私は再々、そう云ったこともありましたが、
      「いいわ、直き近所だから独りで帰れるわ」
      と云って、花屋敷の角まで来ると、きっとナミは「左様なら」と云い捨てながら、千束町の横丁の方へバタバタ駆け込んでしまうのでした。
      そうです、───あの頃のことを余りくどくど記す必要はありませんが、一度私は、やや打ち解けて、彼女とゆっくり話をした折がありましたっけ。
      それは何でもしとしとと春雨の降る、生暖い四月の末の宵だったでしょう。ちょうどその晩はカフエエが暇で、大そう静かだったので、私は長いことテーブルに構えて、ちびちび酒を飲んでいました。───こう云うとひどく酒飲みのようですけれど、実は私は甚だ下戸の方なので、時間つぶしに、女の飲むような甘いコクテルを拵えて貰って、それをホンの一と口ずつ、舐めるように啜っていたのに過ぎないのですが、そこへ彼女が料理を運んで来てくれたので、
      「ナミちゃん、まあちょっと此処へおかけ」
      と、いくらか酔った勢でそう云いました。
      「なあに」
      と云って、ナミは大人しく私の側へ腰をおろし、私がポケットから敷島を出すと、すぐにマッチを擦ってくれました。
      「まあ、いいだろう、此処で少うししゃべって行っても。───今夜はあまり忙しくもなさそうだから」
      「ええ、こんなことはめったにありはしないのよ」
      「いつもそんなに忙しいかい?」
      「忙しいわ、朝から晩まで、───本を読む暇もありゃしないわ」
      「じゃあナミちゃんは、本を読むのが好きなんだね」
      「ええ、好きだわ」
      「一体どんな物を読むのさ」
      「いろいろな雑誌を見るわ、読む物なら何でもいいの」
      「そりゃ感心だ、そんなに本が読みたかったら、女学校へでも行けばいいのに」
      私はわざとそう云って、ナミの顔を覗き込むと、彼女は癪に触ったのか、つんと済まして、あらぬ方角をじっと視つめているようでしたが、その眼の中には、明かに悲しいような、遣る瀬ないような色が浮かんでいるのでした。
      「どうだね、ナミちゃん、ほんとうにお前、学問をしたい気があるかね。あるなら僕が習わせて上げてもいいけれど」
      それでも彼女が黙っていますから、私は今度は慰めるような口調で云いました。
      「え? ナミちゃん、黙っていないで何とかお云いよ。お前は何をやりたいんだい。何が習って見たいんだい?」
      「あたし、英語が習いたいわ」
      「ふん、英語と、───それだけ?」
      「それから音楽もやってみたいの」
      「じゃ、僕が月謝を出してやるから、習いに行ったらいいじゃないか」
      「だって女学校へ上るのには遅過ぎるわ。もう十五なんですもの」
      「なあに、男と違って女は十五でも遅くはないさ。それとも英語と音楽だけなら、女学校へ行かないだって、別に教師を頼んだらいいさ。どうだい、お前真面目にやる気があるかい?」
      「あるにはあるけれど、───じゃ、ほんとうにやらしてくれる?」
      そう云ってナミは、私の眼の中を俄かにハッキリ見据えました。
      「ああ、ほんとうとも。だがナミちゃん、もしそうなれば此処に奉公している訳には行かなくなるが、お前の方はそれで差支えないのかね。お前が奉公を止めていいなら、僕はお前を引取って世話をしてみてもいいんだけれど、………そうして何処までも責任を以て、立派な女に仕立ててやりたいと思うんだけれど」
      「ええ、いいわ、そうしてくれれば」
      何の躊躇するところもなく、言下に答えたキッパリとした彼女の返辞に、私は多少の驚きを感じないではいられませんでした。
      「じゃ、奉公を止めると云うのかい?」
      「ええ、止めるわ」
      「だけどナミちゃん、お前はそれでいいにしたって、っ母さんや兄さんが何と云うか、家の都合を聞いて見なけりゃならないだろうが」
      「家の都合なんか、聞いて見ないでも大丈夫だわ。誰も何とも云う者はありゃしないの」
      と、口ではそう云っていたものの、その実彼女がそれを案外気にしていたことは確かでした。つまり彼女のいつもの癖で、自分の家庭の内幕を私に知られるのが嫌さに、わざと何でもないような素振りを見せていたのです。私もそんなに嫌がるものを無理に知りたくはないのでしたが、しかし彼女の希望を実現させる為めには、矢張どうしても家庭を訪れて彼女の母なり兄なりに篤と相談をしなければならない。で、二人の間にその後だんだん話が進行するに従い、「一遍お前の身内の人に会わしてくれろ」と、何度もそう云ったのですけれど、彼女は不思議に喜ばないで、
      「いいのよ、会ってくれないでも。あたし自分で話をするわ」
      と、そう云うのが極まり文句でした。
      私はここで、今では私の妻となっている彼女の為めに、「河合夫人」の名誉の為めに、強いて彼女の不機嫌を買ってまで、当時のナミの身許や素性を洗い立てる必要はありませんから、成るべくそれには触れないことにして置きましょう。後で自然と分って来る時もありましょうし、そうでないまでも彼女の家が千束町にあったこと、十五の歳にカフエエの女給に出されていたこと、そして決して自分の住居を人に知らせようとしなかったことなどを考えれば、大凡そどんな家庭であったかは誰にも想像がつく筈ですから。いや、そればかりではありません、私は結局彼女を説き落して母だの兄だのに会ったのですが、彼等は殆ど自分の娘や妹の貞操と云うことに就いては、問題にしていないのでした。私が彼等に持ちかけた相談と云うのは、折角当人も学問が好きだと云うし、あんな所に長く奉公させて置くのも惜しい児のように思うから、其方でお差支えがないのなら、どうか私に身柄を預けては下さるまいか。どうせ私も十分な事は出来まいけれど、女中が一人欲しいと思っていた際でもあるし、まあ台所や拭き掃除の用事ぐらいはして貰って、そのあい間に一と通りの教育はさせて上げますが、と、勿論私の境遇だのまだ独身であることなどをすっかり打ち明けて頼んで見ると、「そうして戴ければ誠に当人も仕合わせでして、………」と云うような、何だか張合いがなさ過ぎるくらいな挨拶でした。全くこれではナミの云う通り、会う程のことはなかったのです。
      世の中には随分無責任な親や兄弟もあるものだと、私は、その時つくづくと感じましたが、それだけ一層ナミがいじらしく、哀れに思えてなりませんでした。何でも母親の言葉に依ると、彼等はナミを持て扱っていたらしいので、「実はこの児は芸者にする筈でございましたのを、当人の気が進みませんものですから、そういつまでも遊ばせて置く訳にも参らず、拠んどころなくカフエエへやって置きましたので」と、そんな口上でしたから、誰かが彼女を引き取って成人させてくれさえすれば、まあともかくも一と安心だと云うような次第だったのです。ああ成る程、それで彼女は家にいるのが嫌だものだから、公休日にはいつも戸外へ遊びに出て、活動写真を見に行ったりしたんだなと、事情を聞いてやっと私もその謎が解けたのでした。
      が、ナミの家庭がそう云う風であったことは、ナミに取っても私に取っても非常に幸だった訳で、話が極まると直きに彼女はカフエエから暇を貰い、毎日々々私と二人で適当な借家を捜しに歩きました。私の勤め先が大井町でしたから、成るべくそれに便利な所を選ぼうと云うので、日曜日には朝早くから新橋の駅に落ち合い、そうでない日はちょうど会社の退けた時刻に大井町で待ち合わせて、蒲田、大森、品川、目黒、主としてあの辺の郊外から、市中では高輪や田町や三田あたりを廻って見て、さて帰りには何処かで一緒に晩飯をたべ、時間があれば例の如く活動写真を覗いたり、銀座通りをぶらついたりして、彼女は千束町の家へ、私は芝口の下宿へ戻る。たしかその頃は借家が払底な時でしたから、手頃な家がなかなかイソレと見つからないで、私たちは半月あまりこうして暮らしたものでした。
      もしもあの時分、麗かな五月の日曜日の朝などに、大森あたりの青葉の多い郊外の路を、肩を並べて歩いている会社員らしい一人の男と、桃割れに結った見すぼらしい小娘の様子を、誰かが注意していたとしたら、まあどんな風に思えたでしょうか?男の方は小娘を「ナミちゃん」と呼び、小娘の方は男を「河合さん」と呼びながら、主従ともつかず、兄妹ともつかず、さればと云って夫婦とも友達ともつかぬ恰好で、互に少し遠慮しいしい語り合ったり、番地を尋ねたり、附近の景色を眺めたり、ところどころの生垣や、邸の庭や、路端などに咲いている花の色香を振り返ったりして、晩春の長い一日を彼方此方と幸福そうに歩いていたこの二人は、定めし不思議な取り合わせだったに違いありません。花の話で想い出すのは、彼女が大変西洋花を愛していて、私などにはよく分らないいろいろな花の名前───それも面倒な英語の名前を沢山知っていたことでした。カフエエに奉公していた時分に、花瓶の花を始終扱いつけていたので自然に覚えたのだそうですが、通りすがりの門の中なぞに、たまたま温室があったりすると、彼女は眼敏くも直ぐ立ち止まって、
      「まあ、綺麗な花!」
      と、さも嬉しそうに叫んだものです。
      「じゃ、ナミちゃんは何の花が一番好きだね」
      と、尋ねてみたとき、
      「あたし、チューリップが一番好きよ」
      と、彼女はそう云ったことがあります。
      浅草の千束町のような、あんなゴミゴミした路次の中に育ったので、却ってナミは反動的にひろびろとした田園を慕い、花を愛する習慣になったのでありましょうか。菫、たんぽぽ、げんげ、桜草、───そんな物でも畑の畔や田舎道などに生えていると、忽ちチョコチョコと駆けて行って摘もうとする。そして終日歩いているうちに彼女の手には摘まれた花が一杯になり、幾つとも知れない花束が出来、それを大事に帰り途まで持って来ます。
      「もうその花はみんな萎んでしまったじゃないか、好い加減に捨てておしまい」
      そう云っても彼女はなかなか承知しないで、
      「大丈夫よ、水をやったら又直ぐ生きッ返るから、河合さんの机の上へ置いたらいいわ」
      と、別れるときにその花束をいつも私にくれるのでした。
      こうして方々捜し廻っても容易にいい家が見つからないで、散々迷い抜いた揚句、結局私たちが借りることになったのは、大森の駅から十二三町行ったところの省線電車の線路に近い、とある一軒の甚だお粗末な洋館でした。所謂「文化住宅」と云う奴、───まだあの時分はそれがそんなに流行ってはいませんでしたが、近頃の言葉で云えばさしずめそう云ったものだったでしょう。勾配の急な、全体の高さの半分以上もあるかと思われる、赤いスレートで葺いた屋根。マッチの箱のように白い壁で包んだ外側。ところどころに切ってある長方形のガラス窓。そして正面のポーチの前に、庭と云うよりは寧ろちょっとした空地がある。と、先ずそんな風な恰好で、中に住むよりは絵に画いた方が面白そうな見つきでした。尤もそれはその筈なので、もとこの家は何とか云う絵かきが建てて、モデル女を細君にして二人で住んでいたのだそうです。従って部屋の取り方などは随分不便に出来ていました。いやにだだッ広いアトリエと、ほんのささやかな玄関と、台所と、階下にはたったそれだけしかなく、あとは二階に三畳と四畳半とがありましたけれど、それとて屋根裏の物置小屋のようなもので、使える部屋ではありませんでした。その屋根裏へ通うのにはアトリエの室内に梯子段がついていて、そこを上ると手すりを繞らした廊下があり、あたかも芝居の桟敷のように、その手すりからアトリエを見おろせるようになっていました。
      ナミは最初この家の「風景」を見ると、
      「まあ、ハイカラだこと! あたしこう云う家がいいわ」
      と、大そう気に入った様子でした。そして私も、彼女がそんなに喜んだので直ぐ借りることに賛成したのです。
      多分ナミは、その子供らしい考で、間取りの工合など実用的でなくっても、お伽噺の挿絵のような、一風変った様式に好奇心を感じたのでしょう。たしかにそれは呑気な青年と少女とが、成るたけ世帯じみないように、遊びの心持で住まおうと云うにはいい家でした。前の絵かきとモデル女もそう云うつもりで此処に暮らしていたのでしょうが、実際たった二人でいるなら、あのアトリエの一と間だけでも、寝たり起きたり食ったりするには十分用が足りたのです。
note 作者有话说
第2章 二

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