《天使がいない》asukashim

6、続く

　　そもそも、私
　　ルドルフは西ベルリンのおもちゃ屋の棚に並べられた普通のぬいぐるみでした
　　毛足の長いビロードの茶色い布に木屑を詰めたあのクマです
　　持ち主は歌の上手な人好のハルくんです
　　ハルくんは毎日いろんな歌を聞かせてくれました
　　熱心に話をかけたり、心をこめてお祈りしたり
　　それは大切にされました、まるでお宝物のように……
　　そうなると、人形だってまるつきバカとゆうわけではないので、大事にされればわかります
　　持ち主の心に反応して魂が宿ります
　　それから、見たり、聞いたり、喋ったり
　　誰にも内緒で動いたりなんかして
　　――そのころ、ハルくんは声楽コンクールに学校代表として出場し
　　見事優勝しました
　　その歌声はある有名な音楽家の耳にも美しく響き……
　　“ありがとう　Teddybär
　　君のおかげだ、やはり君は幸運のお守りさ”
　　私　なんもしていません
　　幸運のお守りなんかじゃありません
　　私は主に魂をあたえくれたけだ、ただのおもちゃ
　　………喜びと悲しみはつづれ織り
　　それからまもなくハルくんのお父さんが亡くなりました

　　傾きかけた会社を立て直すために奔走し無理を重ねたのでしょう、ついには病気で倒れて還らぬ人となったのでした。
　　ハルくんを理解しそのたった一つの才能を認め励ましてくれた人でしたのに………会社もう倒産した今１９歳のハルくんは親も帰る家も失い、お金も身寄りも無いまっくら境遇になったのです。
　　それでも……ハルくんが何とか立ち直れたのはお友達がいたからです。ふりかえるとそこに、控え目に辛抱強くたっていてくれたからです。
　　心がぬくもる友達が、私の力じゃありません
　　イギリスの少年

　　“友達　友達　ぬいぐるみ
　　僕は頑張る！君も見ていて！”
　　――そこへあの音楽家がハルくんを訪ねてきたのです
　　その人は優れた指揮者で…そしてまた偉大な聖歌手でもあった。
　　｢音楽の道に進みなさい、本格的に声楽を学びなさい。学資の心配はいりません、できるだけ力になりましょう。｣
　　“わ――お！お守り、茶色の子クマ、これは夢ではないかしら！？ありがとう、クマさん。”
　　私は無力です、役立たず。少しいでもハルくんの力になりたいのに、大事にされるばかりで何もしてあけられません。
　　こうして、魂まで与えてもらったのに………