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3、3 総一郎篇 ...
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海藤総一郎は70を越えた今も充分にみなぎるパワーを感じさせる偉丈夫だった。表舞台を秋芳に任せたとはいえ、裏社会への睨みは充分にきかせてある。秋芳がひそかに進めた計画が漏れることなく進んだのも、総一郎の力によるところが大きい。
新聞の第一面に「熱海乗っ取り」の記事をスクープさせるまで、秋芳の、いや海藤の計画は遺漏なく確実にコマを進め、秋芳が整備し、まとった実業家としての顔が、それを助けもした。
スクープの前夜、秋芳は屋敷の一番奥、総一郎の居室に入った。
広大な海藤の敷地は隣接する家屋敷を一つずつ買い求めていった結果、外からは広大な屋敷と周囲の1件屋が連なった区画に見える外観を保ちながら、その実、全ての敷地が海藤のものだった。内側に強固な壁を巡らせ、セキュリティを強化した敷地内は、見知らぬものが身動きできなくなる迷路を作り上げてもいた。
北側の入り口から入る人間には、まるで料亭にでも入るような感覚を抱かせ、そこを海藤の家とはわからない設計になっており、出入りの業者などは、主にその出入り口を使わされる。
海藤総一郎の住まいは2階建ての5部屋で構成された離れになっており、元は海藤に隣接した西側の小さな家だった。そこは総一郎の寝室、居間、仕事部屋が揃っている。他に浴室もあれば当然台所も揃っている。
そこで総一郎の世話は、最も古くからいる住み込みの家政婦、多紀の差配で仕切られていた。多紀は1階の1室で寝起きをしており、総一郎の砦を守り、同時に総一郎の全てを把握してもいる。
多紀に通された部屋は12畳の和室、床の間を背にした総一郎と、その隣には西野の父がいた。秋芳は西野の父を視界にとどめたまま、総一郎の前に正座した。
総一郎は紫黒の大島紬に濃藍の羽織を合わせ、背筋を伸ばして座している。作務衣を纏った西野が側にいることで、場所が違えば茶道楽の風流人のように見えもする。だが、一旦総一郎のテリトリーに入ってしまえば、総一郎が発散するパワーと気迫に押され、萎縮してしまうのが人々の常だった。
幼い頃から見知っていても、秋芳にとっても、その力は容易ならざる何かを投げかけてくる。
秋芳は実父である西野がいることに何も言わず、黙して座り、総一郎に向かって一礼を尽くすとそのまま泰然としている。その所作を無言で許諾した総一郎は、いきなり説明もなく言葉を発した。
「整ったようだな」
「はい」
「明日か?」
「はい、明日の一面に」
「客人は?」
「円勝寺に」
「そうか、それなら良い」
「はい」
「孝顕は数日ここに留まる」
「はい」
「しくじるな」
「かしこまりました」
秋芳は総一郎と実父に礼をすると、離れを後にした。
実父、西野孝顕が総一郎の側にいる、それは安全でもあり、危険でもある。相反する2つの要素がどこにナニを孕むのか?明日のコマ次第だ。
翌日、経済新聞の1面トップには「熱海乗っ取り」の文字が大きく踊った。
記事によれば、乗っ取り計画は、ラスベガスの会社が熱海を大人のためのリゾートに改造するというものだった。しかし、そんな陳腐な手法はこれまでも散々取り上げられ、悉く雲散霧消していったことだ。そんな程度のことなどと誰もが鼻で笑った。経済界などははなから相手にしないであろう、と見出しだけで誰もが1面スクープをこき下ろした。
だが、一方ではその記事を憎らしげに睨む男がいた。
熱海で磐石の基盤をもつ政治家に朝比奈謙蔵という男がいる。その朝比奈の裏側を担う私設秘書の松岡智也だった。古い家柄の朝比奈家には、どうしても表にだせない家業があった。土地の豪族としての歴史には汚い部分が必ず付きまとい、それを浄化させることはある意味、闇の資金源を葬ることになる。そのため、代々の当主は直系の系譜から1人を定め、親族から外し、朝比奈との関係を一切排除した家柄を持たせ、陰の部分を背負わせた。そして表に残ったものは政治家としての道を築く。松岡は現当主朝比奈謙蔵の従弟にあたる。
松岡は、記事の全文を読み、ネットで調べ、乗り込んでくるラスベガスの会社の情報を得ようとした。だが、記事に書かれている会社はどこを調べても検索されない。おおかた投資コンサルかM&Aのプロフェッショナルであろうと目星はつけてみたものの、何一つ情報が得られなかった。
これでは誰をキーパーソンにして、どこを切り崩せばよいのかわからない。
海藤が裏で画策していることは間違いない以上、松岡がその情報を只眺めて過ごすわけにはいかないのである。
どうやら海藤との小競り合いは終わったようだ。たった今から全面戦争だ。
しかも、知力と経済力がないと土俵にすら上がれない。松岡とて経済を専攻して大学院までいっているし、日頃から社会情勢にも経済動向にも目を光らせ知識は蓄積してはいる。が、M&Aとなるとやや不利だ。
朝の7時、決して早すぎないことを確認すると、松岡は朝比奈に電話を入れた。いくつかの取り決めと確認をすると電話は1分もかからず終わる。
しばらく新聞を見るとはなしに見ていた松岡は、一つ慌てさせてやるか、と何かをたくらみ、ひっそりと口元をゆがめた薄笑いを浮かべた。
「熱海乗っ取り」のスクープは、大方の予想に反して、日々盛り上がっていった。
3日後には全ての全国紙が扱い、ワイドショーでも取り上げられた。テレビに映るのは錆びれたシャッターが歪んだまま閉められた店や、廃墟となった温泉宿。さびれた印象を増幅するように意図して撮影されたカメラワークで、それらがクローズアップされ、昨今人気の滞在型コテージや近隣に整えられたゴルフ場などは、わざと無視された。いかにも廃れた街というイメージをメディアが作り上げていく。
そしてその傍らで、エコノミストと言われる人たちが、少なくとも今よりは良くなると、私見なのか分析を伴う結論なのか言いたいことを言う。
今まで町おこしに成功した自治体は数えるほどしかない。それは、各々の自治体が降ってわいた国のお金でしか対策を考えられなかったせいであり、にわか復興計画など熟慮も根拠もない議論が生んだ結果だ。ムダに垂れ流された援助金やら助成金やらは、9割がた愚にもつかない状態で、投資分の回収すら不能な無為な巨大おもちゃになっている。
そんななかで、熱海を改造するのは外国資本だ。しかもアミューズメントに長けた企業であり、自治体とは違って何よりも収益を一番に考える。そうなると、シビアな分析があって初めて触手を伸ばして来ているであろう、と容易に想像できる。
しかも国の援助レベルの比ではない予算もたやすくかけられる。
ラスベガスのホテル一棟建てる資金で、熱海はメインストリートを造り替えられる、とまで言われた。
そんな側面からの情報が流され、日々熱海は話題の中心になっていった。