晋江文学城
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1、Prelude ...

  •   神は人を、ご自分の像に似せて創造してゆき

      神の像に、これを創造された

      男性と女性に、これを創造された

      神は彼等を祝福しこう言われた

      「子を生んで多くなり、地に満ちて、それを従わせよ」

      それから神は人を取って、それをエデンの園においた

      (創世記より)

      やがて人は地に満ち、美しい〝エデン〟を破壊することになる・・・・

      *
      無限に広がる暗黒の宇宙空間で、ゆっくりと回転する極才色の星々と、その全てを支配する大いなる静寂。
      幼い少年の澄んだ黒い瞳に映る、螺旋状に連なる銀色の星雲は、初めて目覚めたあの時から、ずっとそこに横たわる、毎日変わらぬ風景であった。
      白い壁に囲まれた、無機質な部屋に取り付けられた大きな窓。
      そこから見える銀河だけが、その少年に与えられた唯一の娯楽だった。
      漆黒の髪と象牙色の肌、すらりと伸びた手足と、細く華奢な体。
      その少年に、名前は無い。
      ただ、ナニーであるセクサノイドは、少年を「WX」と呼んでいた。
      名前と言えるものがあるとすれば、きっとそれが彼の名なのだろう。
      小さな掌を窓に押し付けながら、少年は、その澄んだ瞳で廻る銀河を見つめ続ける。
      何故、此処にいるのか、一体自分が何者であるのか、それすら知らぬまま、少年は、星の海に心を寄せる。
      孤独と不安。
      疑問と失望。
      失われた時間と記憶。
      僕は・・・誰?なんでこんな所に閉じ込められているの?
      少年がそう聞くと、精巧なセクサノイドである美しい女性は、少しだけ切ない表情で、「今にわかる時が来るわ・・・」と答えるだけだった。
      大きな窓の向こう側に広がる、無限の宇宙と、その姿を変えることなく、闇の中で回り続ける螺旋星雲。
      毎日のように眺めている、暗い宇宙の海原を行く船は無い。
      いや、無いはずだった。
      その時までは。
      少年は、不意に、驚いたように両眼を見開いた。
      今まで、1日たりとも変わることなく、ずっとそこにあった螺旋の銀河が、突然、少年の視界の中から欠けていく。
      「!?」
      足元が大きく揺らいだ。
      宇宙空間から伝わる小刻みの振動が、窓に嵌め込まれた特殊ガラスをビリビリと鳴らす。
      少年の持つ、艶やかな黒髪が瞼の上でふわりと揺れた。
      その下から覗く、澄んだ黒い瞳に映り込んでくる、赤い光の点滅。
      眼前を横切っていくそれは、明らかに宇宙船のマーカーランプだ。
      そして、巨大な船体の横腹には、青い六芒星、俗に「ダビデの星」と呼ばれるエンブレムが描かれていたのだった。
      「う・・・わぁ」
      少年は、嬉々として黒い瞳を輝かせた。
      何故かそこに恐怖はない。
      いつも同じであった風景を、巨大な銀色の船体が威風堂々通り過ぎて行く。
      三重構造である窓ガラスの一番外側が、ミシミシと音をあげ、そこに無数のひびが入る。だが、そんな事は気にもな らなかった。
      美しいけれど退屈だった風景に、見たこともない大型船が姿を現した、ただそれだけで、空虚で孤独だったその心が、満たされていくような気がしていた。
      少年は、その黒く大きな瞳を見開いたまま、広い額をガラスに擦り付けるようにして、「ダビデの星」を掲げた銀色の大型船を見送ったのである。
      そのとたん、少年の耳に、けたたましい警報音が響いてきた。
      少年は、ふと、白く無機質な天井を見上げ、純粋に澄んだ大きな黒い瞳をきょとんと丸くする。
      今まで、この部屋から出た事のない彼は、締め切られたドアの向こう側に何があるのか、全く知らないでいた。
      ましてや、この警報が何を知らせるものなのか、それすら判らないのだ。
      「・・・な、何?何なの?」
      少年が、背後のドアを振り返った時、ナニー(乳母)であるセクサノイドが、慌てふためいた様子で部屋に飛び込んできたのである。
      『WX!大丈夫ですか!?』
      人間の女性と変わらない、いや、人間の女性以上に秀麗で甘美な容姿を持つ彼女は、鮮やかなサファイアブルーの髪を弾ませながら、少年の肩を両手で掴むと、生存を確認するかのように、その黒髪を白い掌で撫でまわしたのである。
      髪と同じサファイアブルーの人工眼球に、きょとんとした少年の顔が写し出されている。
      少年は、僅かばかり困ったようにはにかむと、そんな彼女の手を握り返しながら言うのだった。
      「大丈夫だよ!それよりさ、一体、何があったの?さっき、この部屋の前を凄い船が通っていったよ、もしかしてあの船のせい?」
      その言葉に、綺麗な眉を眉間に寄せて、彼女が口を開きかけた、その時である。
      けたたましい警報を鳴らす天井のスピーカーから、見知らぬ青年の落ち着き払った冷静な声が、鳴り響く警報を遮るようにして聞こえてきたのである。

      『私は、ガーディアンエンジェル所属セラフィムの艦長、レムリアス・ソロモン。
      一切の抵抗はするな、速やかに降伏し“アダム”を渡せ。三分だけ待つ。応答がない場合は、抵抗とみなし、スペーシアへの攻撃を開始する』

      「攻撃!?ど、どういうこと!?どういうことなの!?012(トゥエルヴ)!?」
      WXと呼ばれる少年は、黒い瞳を驚愕に見開くと、セクサノイド012(ゼロトゥエルヴ)の美しい顔を見つめ据えたのだった。
      012は、しなやかな両腕で少年の体を抱きしめ、人間と寸分たがわぬ苦々しい表情で、ひび割れた窓辺を、そのブルーの瞳で睨むように眺めやる。
      『回線をジャックしたんだわ。大丈夫、心配しないで!私が、必ずあなたを守りますから』
      揺れる黒髪の下から、012の宝石のような瞳を見つめたまま、少年は、僅かばかり不安そうに眉間を寄せ、華奢な腕でぎゅっと彼女の背中を抱きしめた。
      「あの船はなんなの?さっきの声は誰?012は知ってるんでしょ?」
      『あの船は・・・セラフィムは、テロリストの船です。あなたを狙っている。そして、あの声の主は、“ハデスの番人”ソロモン・・・・史上最悪と言われる程、恐ろしい男』
      「テロリスト!?なんでそんな人が僕を狙うの!?」
      『・・・・それは』
      美しいその顔を切な気に表情を曇らせながら、012が口を開きかけた、次の瞬間。
      暗黒の宇宙を臨む窓辺に無数の赤い閃光が駆け抜け、僅かな間を置いて、波打つような凄まじい衝撃が、その足元をすくったのである。
      『きゃあ!!』
      大きく傾いた床の上に、少年を抱えたまま、012の体が投げ出される。
      転がるようにして壁に打ち付けられた彼女は、ひどく厳めしい顔つきで、少年の体を強く抱きしめたのだった。
      「012!?大丈夫!?」
      少年は、慌てた様子で012の美しい顔を覗き込むと、今にも泣き出しそうな表情になって、健気にも彼女の体を抱き起こしたのである。
      012は、そんな少年の黒髪を優しく撫でながら、甘美でふくよかな唇で小さく微笑する。
      『大丈夫です。私は人間ではありませんから』
      「スペーシアはこのまま沈んじゃうの!?テロリストにやられちゃうの!?」
      『そんな事はさせません、絶対に・・・!』
      そう言うなり、012は立ち上がると、未だに振動している壁を伝うようにして、部屋の入り口に取り付けられたコンソールパネルまで歩いたのだった。
      その細くしなやかな腰に抱きつきながら、少年は、前髪の隙間から覗く澄んだ黒い瞳で、彼女の綺麗な顔を仰ぎ見たのである。
      012の長い指先が素早くコンソールパネルを叩く。
      その時、再び、宇宙を臨む窓の向こう側に、無数の赤い閃光が走ったのだった。
      宇宙空母セラフィムの主砲をまともに浴びたラボ・コロニー『スペーシア』は、爆炎と白煙を吹き上げて大きく傾きながら、正規の軌道を外れていく。
      波紋のように広がる凄まじい振動が、巨大なコロニーの全体を駈け、暗黒の宇宙に白煙を漂わせた。
      片手で少年の体を抱え、片手を壁について自分の体を支えた012が、鋭く細めたサファイアブルーの瞳を窓の外へと向ける。
      闇と静寂だけが支配していた宇宙の海原に、ビーム砲の赤いの閃光と、対戦艦ミサイルが飛び交っている。
      スペーシアが、遂に応戦を開始したようだ。
      「012・・・・怖いよ・・・・」
      愛らしい顔を不安そうに歪め、少年は、012の美しい顔を穴が開く程凝視する。
      万が一の時は、“アダムを連れてスペーシアを離脱する”、012は、スペーシアの上層部からそう指令を受けていた。
      もしかすると、今がその時なのかもしれない。
      『WX・・・スペーシアから脱出しましょう』
      012は、何かを決意した強い表情で、涙に潤む少年の黒い瞳を見つめすえながらそう言った。
      「脱出?ど、どうやって?だって、外にはテロリストがいるんでしょ!?」
      『このセクションΩは、スペーシアから切り離し、脱出シャトルとして使用することが可能です。大丈夫、必ず逃げられます!』
      少年を抱きしめたまま、012がコンソールパネルを叩くと、眼前の小型ディスプレイにスペーシアの全体像が3Dグラフィックとなって現れてくる。
      セクションΩの動力システムがスペーシアから切り離され、シャトルとして利用するための独立コンピューターが起動し始める。
      交戦の衝撃とは違う、小刻みな振動が部屋全体、いや、セクションΩと呼ばれる空間全体を揺るがせた。
      ディスプレイの中で、セクションΩが、ゆっくりとスペーシアを離脱していく。
      『必ず逃げきってみせるわ・・・』
      「012・・・」
      少年は、不安を隠しきれない、今にも泣き出しそうな顔つきで、012の宝石の瞳を見つめすえる。
      『私がついていますから、安心してください・・・そんな顔しないで、ね?』
      012は、少年を安心させるように、優しく微笑したのだった。
      スペーシアから離脱し、ワープイン可能領域に入ったら、このラボ・コロニー『スペーシア』を所有している惑星、ジルベルタ星系トライトニアへと一気にワープアウトする。
      トライトニアまで行けば、いくらガーディアンエンジェルとは言え、うかつに手出しはできないはずだ。
      だが、そんな彼女の思惑は、“ハデスの番人”と呼ばれる青年には通用しなかったのである。

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